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横浜地方裁判所 昭和61年(わ)2808号 判決 1987年9月17日

主文

被告人を無期懲役に処する。

押収してあるタオル一本を没収する。

押収してある黒色皮製二ツ折札入一個、現金三万五〇〇〇円、セカンドバッグ一個、ネックレス一本及び指輪一個はそれぞれ被害者A子の相続人に還付する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、昭和三〇年三月秋田県横手市の中学校を卒業後、集団就職で上京し、東京都内の金物店に店員として就職したものの、僅か半年位で店の金を盗んで捕まり、保護観察に処せられたこともあって、その後は都内新宿区で工務店を経営する義兄のところで働くようになったが、窃盗非行は収まらず、昭和三一年五月には、中等少年院送致の処分を受けた。その後、昭和三四年春から暴力団住吉連合K組の組員となり、麻薬密売の手伝いなどをしていたため、同年一〇月東京地方裁判所において麻薬取締法違反の罪により懲役一年に処せられて服役し、その後は、東京都内、愛知県豊田市、栃木県足利市等でバーテン、鳶職、土工、溶接工として働いていたが、その間にも傷害、窃盗等の犯行を繰り返し、昭和三六年四月東京簡易裁判所において窃盗罪により懲役一年二月に、また、昭和四〇年四月にも新宿簡易裁判所において窃盗罪により懲役一年三月に各処せられて服役したほか、昭和四六年一一月には、アルバイト先のバーの女性経営者を強姦しようとし、抵抗されてその目的を遂げなかったものの、事件の発覚を怖れて同女を殺害したうえ、店の売上金を盗むなどの事件を犯し、昭和四七年四月二〇日東京地方裁判所八王子支部において強姦未遂、殺人、窃盗、傷害罪により懲役一四年に処せられ、岐阜刑務所において服役していた。被告人は、昭和五八年一一月一〇日仮出獄を許されて右刑務所を出所した後、神奈川県、東京都、埼玉県等を転々としながら鳶職をし、昭和六一年一〇月三日からは横浜市旭区善部町のL建設有限会社の宿舎に住み、鳶職として働いていた。

一方、本件被害者A子(昭和一八年六月一三日生)は、保険会社に勤務する夫及び長男と横浜市旭区中尾町に居住し、生命保険の外交員、宝石の行商等をした後、昭和六一年九月二八日から同区希望が丘《番地省略》でスナック「酒処チェリー」を開店し、これを経営するに至っていた。

被告人は、同年一〇月下旬ころから右「酒処チェリー」へ客として出入りするようになり、翌一一月一九日までの間に約一四回も同店に通って常連客となるとともに、被害者に好意を持つようになり、また、被害者も被告人に好意を持ってくれていると思うようになっていたが、被告人が陰気で、かつ、ホステスや他の客の言動が気に入らないと直ぐに因縁をつけて文句を言うなど粗暴な言動が多かったことから、被害者や同店の従業員らは被告人を恐れ、被告人に逆らわないようにしていた。

被告人は、同年一一月一九日、仕事を終わって宿舎に戻り、夕食をした後、同僚のBと付近のコインランドリーに下着類の洗濯に出かけ、付近の飲屋で飲酒したりした後、同日午後一一時過ぎころ、右Bらとともに前記「酒処チェリー」に赴いたところ、同じ職場の従業員Cが先に来ており、同店のカウンター席で同店のママである被害者を相手に飲酒していた。

被告人は、右「酒処チェリー」をCに紹介したのは被告人であるのに、その後同人が被告人を差し措いて屡々「酒処チェリー」に出入りし、被害者と親しくしていると邪推し、右Cに対して不快の念を抱くようになっていたものであるが、同夜、被告人が一緒に飲もうと誘ったのに、同人が被告人らの席に来るのを渋ったり、被告人らの勧める酒を飲もうとしなかったことに因縁をつけ、翌一一月二〇日午前零時ころ、BがCの顔面に頭突きを加え、被告人が手拳で同人の顔面を殴打するなどの暴行を加えたりしたが、その際、被告人は、被害者に対しても「いい格好をするな。俺はCより先に来ているのに、俺の連れて来たCの方を大事に扱って頭に来ちゃう。」等と不平を言い、被害者の足を蹴ったり、文句を言ったりするに及んでいた。その後、被告人は、被害者から話がある旨引きとめられたこともあって、他の客が帰ったあとも残り、被害者と二人で飲酒していたが、この間、被害者から「Cとは何の関係もない。」旨説明され、宥められたりしたものの、納得せず、同日午前三時三〇分ころ店仕舞をした被害者と店を出、食事をするために赴いた同区下川井のラーメン店でも、被害者から「Cに対し、決して特別な扱いはしていない。店に来るのを断ればいいのでしょう。」等と言われたが納得せず、「ふざけるんじゃねえ。だから俺は頭に来るんだ。」などと不平を述べるばかりか、被害者に対し「今晩泊っていけるんだろう。」等と情交を迫ったりしていたが、断わられた。そして、同日午前四時三〇分ころ、被告人は、被害者とともに右ラーメン店を出、希望が丘に向かった。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和六一年一一月二〇日午前五時五〇分ころ、被害者A子(当時四三歳)とともに横浜市旭区東希望が丘《番地省略》先路上に至り、同所でも被害者に対し情交を迫ったが、同女が一向に被告人の要求に応じようとする姿勢を示さなかったことに苛立ち、同日午前六時ころ、いきなり同女に接吻したところ、同女から下口唇を噛まれたうえ、顔面を平手打ちにされて激昂し、逃げようとする同女の襟首を掴み、傍らの雑木林の中に突き倒したが、その際、好意を持ってくれているものと思っていた同女から、情交を断わられたばかりか、口唇を噛まれ、顔面を平手打ちにされて、同女が被告人を単なる客として接してくれていたに過ぎないと感ずるとともに、これで同女との関係はすべて終わった。こうなったら、何がなんでも同女を強姦し、金品を強取するとともに、犯跡を隠蔽するために同女を殺害しようと決意し、転倒した同女を仰向けにして馬乗りとなり、助けを求めたり、手足をばたつかせ、被告人の顔を引っ掻くなどして抵抗する同女の顔面を手拳で殴打し、両手で同女の頸部を絞めつけるなどして同女を失神させ、その反抗を抑圧したうえ、同女が頸部に装着していたプラチナ製ネックレス一本(時価約五万円相当)を引きちぎり取ってこれを強取した後、同女のスカート、スリップ等の下着類を引き脱がせたうえ、強いて同女を姦淫し、その直後、同女が息を吹きかえしたのを知るや、所携のタオルを同女の頸部に一回巻きつけて絞めたうえ、強く固結びにして頸部を絞めつけ、そのころ、同所において、同女を窒息死させて殺害した後、更に、同女が所持していた現金約一七万円、指輪一個、黒色皮製二ツ折札入一個、預金通帳一冊等在中のセカンドバッグ一個を強取したものである。

(証拠の標目)《省略》

(強盗の犯意について)

被告人及び弁護人は、本件につき、強盗の犯意を否認し、被告人は、当初から財物強取の犯意を有していたものではなく、被害者を殺害後、その所持する金品について窃盗の犯意を生じ、これを窃取したにすぎず、また、被害品のうち、ネックレスについては、被害者の首を絞める際、邪魔になったため引きちぎったものであって、窃盗の故意すら有していなかった旨弁解するので、この点について判断する。

前掲各証拠によれば、被告人は、被害者の頸部を両手で絞め続け、被害者が失神して全く抵抗しなくなった直後、被害者を強姦する前にネックレスを引きちぎってこれを盗り、しかも、右ネックレスを、直ちに自己の着用していたジャンパーのポケットに仕舞い込み、しかも、犯行後、逮捕されるまで自己の頸部に着けて使用していること、右ネックレスは全長四二センチメートルで、一個が幅四・二ミリメートル、長さ九・〇ミリメートル、厚さ〇・五ミリメートルという細く薄い部品を連ねた鎖状のもので、頸部を両手で絞める際に邪魔になるような形状のものではなかったと認められること、そして、被告人は、この点に関し、捜査段階において、「被害者が(山林内に)ふっ飛ぶようになって転がり落ちた。そのとき、これですべてが終りだと思った。気持の中でこうなったら、何がなんでも被害者を強姦してやれ、それに金もないので被害者の持っている金目のものを全部奪ってやれと思った。首を絞めているとき、ネックレスが手に触れた。これは金目になる。自分のものにしてやれと思い、引きちぎるようにしてネックレスを奪い、自分のジャンパーのポケットに入れた。」(昭和六一年一一月二七日付司法警察員に対する供述調書)、「二人の関係はこれで終わりだ。こうなったらどうでもいい。金を取って強姦して殺してやろうという気になった。A子さんの首をしめた時、ネックレスが私の手に触れたので、最初から考えていたとおりこれも奪って自分のものにしようと思い、ネックレスを引きちぎって取り、自分の着ていたジャンパーのポケットの奥の方に入れた。」(同年一二月二日付検察官に対する供述調書)、「被害者を突き飛ばしたら山林の方へ飛んで行って転がるように倒れた。私は、これで全てが終わりだ。こうなったら強姦しよう。金がないので金目のものがあったら奪って取ろうと決めた。」(同月九日付検察官に対する供述調書)、「首を絞め続けると被害者がグッタリとなった。首を絞めてる時に被害者が首にしていたネックレスに手が当たり、ネックレスがあることに気がつきました。そのネックレスを引きちぎって取り、ジャンパーの右のポケットに入れた。」(同月一一日付検察官に対する供述調書)、「被害者の首を絞め、被害者がグッタリとなったあと、まず、ネックレスをはぎ取って奪いました。」(同月一三日付(但し、現場の雑木林で、から始まるもの)検察官に対する供述調書)旨、一貫して当初から金品を強取する犯意であったことは勿論のこと、ネックレスについても、被害者の頸部を両手で絞めている際にネックレスのあることを知るや、これも奪おうと考え、被害者が失神後、直ちにこれを引きちぎって奪ったものであることを認める供述をしているところ、被告人は、右捜査段階における供述について、当公判廷において、捜査官に対する供述内容は間違いない旨明確に供述しているばかりでなく、各供述調書を作成された際は、自分の心境をそのまま述べて調書を作成してもらったもので、捜査官から誘導されたりしたことはない旨供述しているものであって、捜査段階における供述調書につき、その任意性、信用性を疑わしめるような事情は全く認められないうえ、その供述内容は、極めて具体的かつ詳細であり、不合理、不自然な点はなく、かつ、他の証拠によって認められる事実とも符合するものであって、その信用性は極めて高いものと認められ、以上の事実を総合すれば、被告人が、金品を強取する犯意で本件犯行に及んだこと、ネックレスについても、両手で被害者の頸部を絞めつけている際に強取の犯意を生じ、その後も頸部を絞め続けて被害者を失神させた後、右ネックレスを引きちぎって強取したものと優に認められる。

これに対する被告人の当公判廷における供述は、供述内容自体極めて曖昧、漠然としているものであって、信用性に乏しいものであるばかりでなく、ネックレスを引きちぎって取った後、自分の着用していたジャンパーのポケットに入れた理由について、弁護人の「それはなにかつもりがあったのですか」との質問に、「はっきりわかりません。」、「これはこれで取っておこう、あるいはもらっておこうというような気持は動いたのですか。」との質問に、「わかりません。」などと答え、また、裁判長の「君の言うとおりだとすると、引きちぎるのは判るんですが、左手で(のどを)押さえながら、右手で引きちぎって、パッと脇に置くなり、捨てるなりするのは判るんですが、ジャンパーのポケットに入れたというのは、どういう意味なの。」との質問に、「いや、何も考えないです。」と答えるなど、終始、曖昧、不合理な供述をしているものであって、到底採用できないと言わざるを得ない。

従って、被告人及び弁護人の右主張は採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示所為のうち、強盗強姦の点は刑法二四一条前段に、強盗殺人の点は同法二四〇条後段にそれぞれ該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い強盗殺人罪の刑で処断することとし、所定刑中無期懲役刑を選択して被告人を無期懲役に処し、押収してあるタオル一本は、判示犯行の用に供した物で被告人以外の者に属しないから同法一九条一項二号、二項を適用してこれを没収し、押収してある黒色皮製二ツ折札入一個、現金三万五〇〇〇円、セカンドバッグ一個、ネックレス一本及び指輪一個は、判示犯行の賍物で被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑事訴訟法三四七条一項によりいずれもこれを被害者A子の相続人に還付することとし、訴訟費用については同法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、行きつけの飲食店の女性経営者に情交関係を求めたところ、強く拒絶されて激昂し、同女を強姦し、殺害したうえ、金品を強取したという事案であるが、犯行に至る経緯を見ると被告人が被害者に一方的に嫉妬し、犯行当夜、被害者が他の客Cに親切にしてやっていると邪推し、Cに乱暴を働いたばかりか被害者に対しても、足を蹴ったり、文句を言うなどしたことから、被害者が被告人の考えの誤っていることを諭し、宥めるために被告人を引き止め、更には、深夜、ラーメン店に連れて行くなどして宥めようとしていたものであるのに、これに納得せず、被害者に対して文句を言い続けたばかりか、執拗に情交を迫り、強引に接吻をしようとした挙句、被害者から唇を噛まれ、顔面を平手打ちにされたことに激昂し、遂に、本件犯行に及んだというものである。これまで被害者が、時折、深夜まで一人で居残る被告人の相手をしたり、外へ連れ出して一緒に飲食したことも、被告人に対し特段の感情を示す証左ではなく、むしろ、日頃被告人の取扱いに辟易していたものの、客を大事にし、何とか穏便に被告人に対応しようとしていたもので、本件に至るまでの数時間の間も被害者は終始冷静に対応し、被告人に対し、従前のCとの関係につき説得し、被告人の情交を迫る言辞にも終始一貫して拒否し続けていたにもかかわらず、被害者の立場、心情を理解しようとせず、自己の欲情を満たすことのみに終始し、遂に、本件犯行に及んだというものであって、動機に全く酌量の余地はなく、極めて自己中心的な被害者の人格、立場を無視した、悪質、凶悪な犯行と言わざるを得ない。

しかも、本件犯行の態様は、通勤時間に差しかかろうとする早朝、住宅地近くの道端の雑木林の中で、これまで被告人に親切に接して来てくれ、また、被告人においても好意を抱くようになっていた被害者に対し、助けを求め、顔を引っ掻くなどして抵抗するのもかまわず、被害者の頸部を両手で絞めつけて失神させた後、ネックレスを強取し、同女の衣類を引き脱がせて姦淫したばかりか、その直後同女が息を吹きかえしたことに気付くと、更に、所携のタオルで強く絞めつけたうえ、完全に息の根を止めるため、二重結びにして殺害し、金品を奪取した後、下半身裸のままの目を覆いたくなる程の痛ましく無残な姿で死体を放置したものであって、冷酷かつ非情な許し難い犯行と言わざるを得ない。

本件犯行の結果は、いうまでもなく極めて重大である。被害者は、念願のスナックを開店し、その経営を軌道に乗せるべく熱心に稼働していたものであるのに、大事にしていた客から突然襲われ、助けを求め、必死で抵抗したにもかかわらず、強姦されたうえ、殺害され、金品を強取されたものであり、その無念さは察するにあまりあるものがある。また、被告人の兇行により、一瞬にして家庭生活を崩壊された被害者の夫及び息子らの悲しみ、憤りには計り知れないものがありそれだけに、被害者遺族の被告人に対する処罰感情は熾烈であって被告人に極刑を望んでいる心情には無理からぬものがある。

さらに、本件犯行が、周辺住民に与えた不安、衝撃は大きく、また、仮出獄中の犯行であったことから、社会に与えた影響にも無視できないものがある。

また、被告人は、本件犯行後、強取品の一部をL建設の宿舎に放置したまま逃走し、逮捕されるまで、悪びれる様子もなく、被害者が首につけていたネックレスを自分の首につけ、遊興に明け暮れているなど、その罪悪感は稀薄であったと認められる。

加えて、被告人は、昭和四六年一一月、アルバイト先のバーの女性経営者を強姦しようとし、抵抗されてその目的を遂げなかったものの、事件の発覚を怖れて同女を絞殺したうえ、死姦したばかりか店の売上金等を盗むという、本件と極めて類似した事件を犯し、昭和四七年四月二〇日、東京地方裁判所八王子支部において、強姦未遂、殺人、窃盗等の罪により懲役一四年に処せられて服役し、昭和五八年一一月一〇日、仮出獄を許されて岐阜刑務所を出所した者であるのに、右仮出獄中に再び本件犯行に及んだものであって、自己の欲望を満足させるためには、他人の生命を奪うことすら何とも思わず、極めて短絡的に、かつ、極めて安易に重大な犯行に及ぶ被告人の性行、犯罪性には決して軽視できないものがある。

このような本件犯行に至る経緯、犯行の態様、結果、罪質、遺族の処罰感情、社会的影響、被告人の前科、特に、被告人が以前にも本件と同種の犯行を犯していることなどにかんがみると、被告人の危険な犯罪性行の矯正は困難であり、極刑も止むを得ないのではないかと考えられる面がないわけではない。

しかしながら、本件犯行は、計画的なものではなく、被害者から唇を噛まれ、顔面を殴打されるなどしたことに激昂して本件犯行に及んだもので、しかも、金品強取の目的も、当初から計画していたものではなく、犯行の際、また、強姦に付随的な形で生じたとも言えるものであること、更に、兇器の使用もないなど、同種事案に比して特段に残虐なものとまでは認められないこと、被告人は、本件犯行後、自暴自棄となって完全な心情を吐露するには至っていないと認められるものの、捜査段階では事実関係について一応素直に自白しており、当公判廷においても一反応省の態度を示していること、被告人は仮出獄後、本件犯行に至るまでの三年余の間、多少のトラブルはあったにせよ鳶職としては真面目に稼働して、それなりに社会に適応していたと認められること、仮出獄後、ほとんど保護観察に服していなかったものの、一度は、自ら、その所在を明らかにして保護観察に服していたこともあること、前科が強姦未遂、殺人、窃盗等で懲役一四年という刑にとどまったものであること、その他、死刑科刑事件の状況等を考慮すると、罪刑の均衡の見地から見ても、また、一般予防の見地から見ても、被告人を今直ちに極刑に処して、その生存する余地を奪うには、なお、苛酷に失し、妥当でないと思われる面があり、今一度、長期に亘る矯正教育を通じ、その情操の陶冶、人格の改善を図るとともに、被告人をして、生あるかぎり、被害者の冥福を祈らせ、その贖罪にあたらせることが、相当であると判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田恒良 裁判官 戸田初雄 戸田彰子)

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